ジャカルタ撤退の話(3)

シンガポールからジャカルタへのフライトは1時間ちょっとです。前日からの疲れと出発前の騒動が重なってか、目が覚めたらスカルノハッタ国際空港でした。

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平日だと激しく渋滞する高速道路も日曜日のためか、うそのように空いていて、市内まで20分くらいで到着しました。そのままマネジャーの2人と話をして、今後の段取りについて打ち合わせしました。

宿泊は、日本人で駐在していたH君のアパートに泊めてもらうことになっていたのですが、気を利かせてか、H君は自分の彼女(のちの奥さん)のアパートにしばらく泊まるということになっていて、私一人で使わせてもらえることになりました。宿泊したアパート自体はアパートというよりサービスアパートといった方が良いところではあったのですが、インターネットが通じません。だだっ広いアパートの一室でインターネットもつながらず、誰とも話をせず、一人で明日のことを考えている時間が無限に続くように感じました。

いつの間にか寝ていました。早朝5時ころに近くモスクのスピーカーから流れてくるコーランの響で目を覚ましました。始業時間は7時だっと思います。そのままオフィスにタクシーで向かいました。

オフィスに着くと、何も知らない社員がいつもどおり出社しています。私が訪れたのが2ヶ月ぶりくらいだったからか、何人かの社員が笑顔で近づいてきて私に話しかけてくれます。その内の1人が「私はプライム・ストラテジーに入社することができてとても嬉しい。私の誇りです。」と言ってくれました。いまだにはっきり覚えています。

それから30分くらいして、全員を集めて話をしました。私が逆の立場であれば納得のいく内容ではなかったと思います。みんな黙って聞いてくれました。本当に申し訳ないことをしました。

それから2週間くらいだったと思います。最後の処理を行うためにジャカルタに滞在しました。日本人で駐在していたH君も最後まで取り組んでくれました。ただ、責任を感じてか、また、親会社に対する別の感情からか「日本の親会社に戻るつもりはない」との彼の言葉に私には返す言葉がありませんでした。

2週間の滞在では、すべての処理を終わらせることができませんでしたので、最後に残った解散の新聞公告などいくつかの処理を当時のマネジャーの一人のMさんに一任してジャカルタを去ることになりました。

(次回に続く)

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