ジャカルタ撤退の話(2)

シンガポールのチャンギ国際空港に到着したのは深夜24時過ぎでした。翌日の9時頃の便でジャカルタに向かう予定でしたから8時間ほどあります。チャンギ国際空港には乗り継ぎ客用のトランジットホテルがあり、一泊5千円ほどで利用できます。5千円の支出はできないわけでないのですが、状況が状況なだけに気分的にもトランジットホテルを使う気になれません。

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幸いなことにチャンギ国際空港のパブリックエリアには乗り継ぎ客用のスペースが至る所にあり、インターネットも無料で利用できます。インターネットエリアのすぐ横には仮眠スペースもあり、バックパッカーらしき人たちが仮眠を取っていましたが、自分は眠る気にはなれません。

しばらくして、機内で読んでいたプログラミングの書籍の内容を試してみたくなったのですが、自分のノートPCでは実行できません。そこで、インターネットからリリースされたばかりのFedora Core 4というLinuxのOSのダウンロードを始めました。4時間くらいかかったと思います。ダウンロード中は、ジャカルタのオフィスに着いてどうやって話をしようか、そればかり考えていました。

LinuxをインストールしてPerlプログラミングの実行環境ができました。この時はまだApacheなどのWebサーバの設定さえもわかりませんでしたので、一晩中取り組んだものの、なんとか黒い画面上でPrint文などの簡単な命令を実行するのがやっとでした。

翌日の朝8時頃、乗り継ぎのためにチェックインしようとしたところ、自分の名前が乗客名簿にないということが判明しました。実は予約していたアダムエアーという格安航空会社の便が前々日に欠航が決まり、バリューエアーという違う航空会社に振り替えになっていたはずだったのですが、その手続きが漏れていたようなのです。

バリューエアーには「アダムエアーからの振り替えになっているはずなので、問い合わせて下さい。」と言い残して急遽アダムエアーのカウンターに向かったのですが、そもそも欠航なので誰もいません。あと20分でフライトという時にバリューエアーの人から確認が取れたとの連絡をもらい、ぎりぎり滑り込むことができました。実際には出発をちょっと待っていてもらった状況です。

欠航したアダムエアーはオレンジがキーカラーのポップな格安航空会社だったのですが、この2,3年後に破綻しました。当日、欠航になったのもどうやら搭乗者数が少なかったかららしく、帰りの便も欠航で振り替えになったため、結局一度も乗ることはありませんでした。

幸か不幸か、このときばかりは、明日以降、自分が直面するであろう状況を忘れていました。

(次回に続く)

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