『ビジネスモデル症候群~なぜ、スタートアップの失敗は繰り返されるのか?』が痛いところを突いてくるので反論など

オフィスを大手町に移転して1年が経ちました。この1年は仕事を取り巻く環境が月次レベルで変化し続けていて、一緒に取り組んでくれているメンバーの皆も大変だろうなと思いながらも、自分自身が環境適合してアップデートできなければ、会社もビジネスもトップの器以上にはならないのだからというプレッシャーの中走り続けてきました。

おかげさまで、この9月からまた大きな一歩を踏み出すことになったのですが、直近、自分の弱さ、未熟さが露見して、大切な人たちを守り抜いて発展させていくためには、さらに自分自身のアップデートが必要だと痛切に感じていたところ(体重も3年前にくらべて5kgほど増えてまして、関係ありませんがといいたいところですが、まぁ、そうだよなぁとw)、表題の書籍を読む機会がありました。

スタートアップはビジネスモデルを手にするから失敗する

この命題が正しいのかどうかは、わかりませんが、書籍の内容の多くの点については、私の実体験に照らして、そのとおりだと思うものが多かったです。実体験については、後述しますが、過去、多くの失敗を繰り返してきた私にとって、「確証バイアスの落とし穴にはまる」とか、「アイデアが本物かどうかがわからない」とか、「経営破綻が先にくる」とか、「手段の目的化」とか、「失敗のループ」とか、「もう、痛いところばかりを突いてくるなぁ」という内容が多く「そんなに傷口に塩を塗り込まなくてもw」と思い反省しながらも、ビジネスモデルが形成されれる過程については、「たしかにそのとおり」と思いました。

つまり、まず行動してからベンチャー企業としてのまっとうな経営を行って、その中で起業家としての判断、決断の積み重ねで、バイアスをかけないで現場で生じていることを検討、検証して、これをヒントに形成されるビジネスモデルが重要という本書の提言は、いまの私の感覚と合致しています。

本書では、協力者やメンターからバイアスをかけないでフィードバックを得るというのが重要であるという示唆がありますが、この点を補完、敷衍するのであれば、現場の戦術レベルで生じている事象をヒントに戦略を組み立てるべきであるという、アル・ライズ/ジャック・トラウト著「実戦ボトムアップ・マーケティング戦略」が参考になるかと思います。

一点、反論というほどでもありませんが、書籍のタイトルは、「ベンチャー企業が起業家としてビジネスモデルを形成して発展するための条件」のような方がより適切かと思います。

なお、このエントリを上げようと思った経緯は冒頭のとおりですが、数日前に、身内からライザップを薦められていたり、別の新刊書籍「結果を出すリーダーほど動かない」でバイアスとライザップの話を読んでいたり、WordCamp Tokyo 2017での染谷さんの講演記事でバイアス(と、またここでもライザップが…)がでてくる「なぜ人は怪しい壺を欲しくなってしまうのか」を読んでいたりと、「おまえが一番確証バイアスの落とし穴に落ちてるのでは?」というご批判は甘んじて受ける所存ですw

ジレットは替え刃で売上を上げようなどと思ってはいなかった

本書では、ジレットの替え刃によるビジネスモデルは後付けではないかという指摘があり、著者の他のスライドでは、サウスウェスト航空のビジネスモデルについても、当初からそのようなビジネスモデルや戦略があったわけではなく、どちらかというと経営的に試練というか修羅場かなぁと思いますがの際に、苦肉の策として起業家としての判断、決断を行った結果、それが、戦術、戦略となりビジネスモデルになったのでは?というような説明がありまして、その真偽はわかりませんが、私の実体験には合致しています。

ビジネスモデルなのか経営なのか

いま私たちプライム・ストラテジーは、創業から14年と9ヶ月を経て、次のマイルストーンに向けた準備を行っている状況にあります。まだスタートラインを切っただけという状況ではありますが、もし、私たちのビジネスモデル(を含む経営戦略)が評価されなかったとすれば、まぁ、ここに到達することさえ難しかったのではないかというのが率直なところです。ですから、差別化されたビジネスモデルが重要であるという強い認識はいまだにもっています。

もっとも、最近、その過程で、経営管理体制の強化(というかまっとうに経営しなさいというステークホルダーからの良い意味での圧力)そのものが、いままで認識していた以上に重要であり、基礎となるものであり、場合によっては、差別化されたビジネスモデルがなくても十分に社会的な価値を提供することは可能なのではないか?と思うようになり、また、上場企業の多くは優れたビジネスモデルを持っているものの、割合はそれほど多くないようには見受けられますが、それほど差別化されていないビジネスモデルであっても優れた組織力や経営管理体制を持っている上場企業も一定割合あることから、組織力や経営管理体制に優位性があること自体が重要であるということを学んだところです。(いまごろ?遅くね?というのは、過去もがき苦しんできた経緯もあり、学ぶのに遅すぎるということはない、ということで精進してまいりますのでご容赦いただけましたらと思います。)

私たちの実体験に基づいて現在から過去を検証すると…

プライム・ストラテジーの事業領域は超高速CMS実行環境KUSANAGIを中心とするオープンソースビジネスです。CI(クラウドインテグレーション)とSI(システインテグレーション)のインテグレーション事業とKUSANAGIのマネージドサービス事業の2つの事業領域があり、現在では後者のマネージドサービス事業が主力事業となっています。この事業はフリーミアムモデルのストック型ビジネスモデルになっています。

ですが、上述のジレットやサウスウェスト航空の話と同様に、このビジネスモデルは、創業当初にはまったく考えていませんでした。このビジネスモデルで行くと決めてからはまだ3年といったところです。

私たちの創業は2002年12月です。当初はSEOを中心とするwebマーケティングで、成果報酬型のコンサルティングビジネスを行っていました。当時のビジネスモデルは、webマーケティングをほとんど活用できていないクライアント企業にフルサービスでwebマーケティングを提供して、それによってクライアントが得た収益の一部を報酬としていただくというものでした。まだYahoo!がディレクトリ型の検索サービスを提供していたころで、ディレクトリに掲載されると大きなトラフィックが得られる状況があり、検索されたいキーワードを含んだ紹介文やサイトタイトルでディレクトリに登録していただけるようにYahoo!サーファー対策なることを行っていました。

当初はうまくいくかに思えたのですが、成果報酬型のビジネスモデルが未熟な設計でありさまざまな問題が生じたことと、SEOが実質的にGoogle1社に依存する状況に変わっていき、依存度の高さから、他の事業の展開を行うようになりました。当時、この分野ではアウンコンサルティングさんがSEOとリスティングに絞って上場を果たし、実力の違いを見せつけられるとともに、事業の分散と集中について学ぶことになりました。

その後は、SEOを中心とする成果型のWebマーケティングのビジネスモデルから、通常のwebマーケティング事業、EC事業、webメディア事業、自社CMSの開発など幅広く手がけました。創業して2年たったあたりから、売上は伸びるものの、コスト負担とエントロピーの増大で、このまま日本だけでやっていっても限界があると考えるようになり、創業3年目にはコスト削減の目的でインドネシアのジャカルタにオフショア開発の子会社を設立するにいたりました。

その後の経緯は、過去の記事でもご紹介しているように4年目の夏に大きな転機を迎え、ジャカルタを撤退して、日本でもリストラを行い、生き残りをかけた戦いへと突入することになります。当時行っていたすべての事業を見直して、属人的なスキルに依存するのではなく、残ってくれたメンバーだけで学べば全員参加できて、かつweb制作よりも単価の高かったシステム開発事業1本に絞ることにしました。もう、この頃はビジネスモデルがなんだとかいってられるような状況ではありませんでしたから、今日、明日、来月、どうやって生き残るかだけしか考えられない状況でした。

幸い、当時残ってくれたメンバーが奮闘してくれた甲斐があって、その後1年でなんとか、次のステップを模索できる状況になりました。そのころ、三枝さんの「戦略プロフェッショナル」「経営パワーの危機」「V字回復の経営」などを読み、経営戦略を学びましたが、どうも前提となっている私たちの企業としての基盤自体が脆弱で、いつか役に立つ話レベルとしか捉えることができませんでした。

結局、基本に立ち返って、3Cやポジショニング戦略を学び、狭い領域でも1番になること、商品(サービス)力やコストパフォーマンスなどではなく、顧客密着で戦っていくことを選びました。といいますか、これしか選択の余地がなかったというのが実情です。

2007年には、webシステムの動的化が進むようになり、当初開発していたPerl+Postgresベースのパブリッシュ型の静的CMSからPHP+MySQLベースの独自フレームワークと独自CMSの開発へと方針を変更することになります。時代の流れといえば、そうですが、実際のところは、そのころ、社内のエンジニアがついに一人もいなくなり、開発や運用が続けられない状況になったというのが実情です。しかたがないので、創業以来コードなど一度も書いたことのない私自身が開発を行うしかない状況となり、覚悟を決めたものの、Perlベースの開発は、日本語文字コードのライブラリ一つとって、webシステムに必須のGETやPOSTのデータの処理一つとって複雑でしたので、もっと簡単な処理系がないかと探し、PHP+MySQLに切り替えたというのが背景です。

やるからには最初から高いレベルを目指そうと、PHP+MySQLで一番最初に取り組んだのが、独自フレームワークの開発でした。今思えば、PHP案件をやったこともないのに受注して、Smartyのコンパイル済みのコードに修正を加えてロジックを実装するレベルでしたから、まあ無謀だったなぁと思います。

そんなこんなで開発した独自CMSでしたが、そのころ、仮想化技術という波がやってきました。Vmware Server 1.0でした。まだ動的システムの実行環境は、統一されている状況になく、静的なHTMLの世界からリアルタイムに処理する動的処理の世界に変わっていったこともあり、その実行環境を担保して、パフォーマンスとセキュリティについて確保のできる環境を用意しなくてはならないという事情もあり、それなら仮想化技術を使って、サーバのテンプレートを用意しておけば楽なんじゃないかというのが、今のKUSANAGIの第一世代誕生の背景でした。いまから、もう10年近く前の話です。当時はこれがいまのKUSANAGIビジネスにつながることになるとはまったく考えていませんでした。

それから2年ほどたって、また限界を感じるようになります。そもそも独自システムというのが、顧客にとっても見込み客にとっても社内の人間にとっても、かえってマイナスなのではないかということです。最終的には、「おまえらが潰れたらどうするんだ」という顧客の声を聞くようになって、汎用的なCMSへの転換を決断することになりました。

それが、WordPressです。当時はまだ国内ではMT(Movable Type)のシェアが圧倒的で、「WordPressってワードのこと?」とお客様に言われたりしていましたが、Google Trendsで海外のデータを調べて、Yahoo!のディレクトリ型からGoogleのロボット型へのシェア転換と同じことが、ここ日本でも数年遅れてやってくるはずだ、「SEO」も最初のころは、「瀬尾さんですか?」といわれていたことと同じではないかと考え、WordPressに舵を切ることになります。

2009年あたりから2011年あたりまでは毎年WordPressも私たちも認知度は上がっていくものの、リーマンショックもあり、経営も未熟でしたから、経営的には厳しい状況が続き、「今年の冬は越せるのか?」という状況で、前に倒れるしか選択肢がないという日々が続きました。

このころ、再度ビジネスモデルを考えるようになり、以前から社内の経理処理に銀行のインターネットバンキング上の入出金のデータを元に、自動的に仕訳処理を行うシステムを「仕分け君」と名付けて開発して使っておりましたので、これをSaaSで提供できないかと考えてみたり(今のfreeeやマネーフォワードのようなものです)、ゲーミフィケーションやSNSで位置情報が流行りだしたあたりで、これらを用いて企業とタイアップしたシナリオをミッションとしてクリアしていくプラットフォームを開発したらどうだろうかと考えたり(ポケモンGOとかイングレスみたいな感じです)、いまでいうマーケティングオートメーションの概念を実現するSaaSシステムを提供したらどうだろうかと考えたり(Web参謀というサービスを提供していました)、SaaS型のメールの迷惑メールフィルター(これはいまでも社内のメールシステムとして残っています)など、とにかくストックビジネスとなる仕組みの構築を模索していました。

結論からいうとこれらはすべて失敗して、一度稼働させたサービスをやめるというのはそれはそれで大変でしたので、いまでも稼働しているサービスもあるのですが、まあ、惨敗でした。このとき学んだことは、アイデアなど実現する手段がなければないのと同じだということです。その分野でのブランドも流通経路も何ももっていな状況で簡単にできるものではないということを学びました。

ちなみに、この頃、実はKUSANAGIのマネージドサービスの前身となるホスティングサービスはやってはいたのですが、主力は受託開発でしたから、月額数千円で手間ばかりかかるという認識でした(おいおい、と突っ込んでいただければと思いますが、当時は件数もそれほど多くありませんしたので、金額的にもたいした金額にならなかったのです)。

その後、基本に返ってやはり、一番上手にできる領域で徹底的にポジションをとること(ポジショニング戦略)が次につながる(これを私は橋頭堡戦略と呼んでいます)と考えるようになり、ストックビジネスはもう考えない、フローで番手をとるんだと考えるにいたりました。

このころから、「WordPressだったらプライム・ストラテジー」と言われることが増えてきて、案件が大型化するようになってきます。案件が大型化すると、いままで構築だけ依頼されて、「ホスティングは月額数千円でいいよ」と言われることが多かったのですが、「構築後の保守運用はどうなりますか?」とお客様から言われることが多くなり始めました。実際、保守運用の金額もいままでの100倍以上の金額となるケースもちらほらでてくるようになり、ここで要求されるようになったのが、やはりというか、信頼性、安定性、パフォーマンス、セキュリティ(とノンコア業務のアウトソース、手離れニーズ)だったのです。

ストック型のビジネスモデルはもうやらない、フローで行くと決めたことが、結果としてストックビジネスにまた取り組む契機になるとは皮肉なものです。

このころ、KUSANAGIの前身はWEXALという名前で第6世代でした。直接取引のあるお客様だけに提供していた当社プライベートクラウドの仮想マシンでした。これを2年ほど前、オープンソースライセンスでパブリッククラウド向けに再構成して無償提供を開始したのがKUSANAGIです。

KUSANAGIの無償提供開始は、フリーミアムのビジネスモデルとして行いました。これは、過去辛酸をなめてきたストックビジネスの惨敗から、チャネルがなければ、採用されなければないのと一緒ということから学んだ戦略でした。このときの戦略にはほかにもいろいろあるのですが、これはまた別の機会にお伝えしたいと思います。

結果として、2年間で18プラットフォームに実質的にご採用いただけるといった状況となり、10000インストール以上、100以上の公開事例をいただくことができるようになりました。

このフリーミアムモデルのストック型ビジネスモデルも2年前、3年前の段階からうまくいったわけではありません。未だに発展途上ですが、実際、現場の商談100件をヒアリングして仮説を立てて、50件の商談に実際に足を運んで実施して、検証してアップデートを繰り返しています。

気がつくと、10年前に読んだ、三枝さんの「戦略プロフェッショナル」「経営パワーの危機」「V字回復の経営」の3部作の内容をそのまま実施している状況になりました。自分でもびっくりするくらい同じことをやっている気がします。私たちがどうやっているのか知りたい方は、ぜひ三枝さんの3部作をお読みくださいw

いま、私たちは次のマイルストーンとに向けて、特に経営管理体制を確立して、グローバルにスケールさせていくフェーズになりました。ですが、その後は、過去の経緯からして、おそらく、ビジネスモデルもまたアップデートされることになると思っています。

私たちのリアルなストーリーがみなさまの参考となりましたら、うれしく思います。現場からは以上です。

追伸

大手町から世界へ
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